近つ飛鳥博物館企画展「古代人、食べる」講演会「古代人の食生活とパラサイト考古学」
6月29日(日)は大阪府立近つ飛鳥博物館へ。
令和7年度夏季企画展「古代人、食べる」が開催中で講演会「古代人の食生活とパラサイト考古学」金原正明 氏(奈良教育大学ESD・SDGsセンター研究部員)に行って来ました。

大阪府と言っても南河内郡。金剛山の麓で喜志駅から近鉄バスの阪南線でバスに揺られて20分。
バス揺れがひどい。
揺れないバスを開発してくれ。

12時に近つ飛鳥博物館前のバス停に着くも暑い暑い。

そして近つ飛鳥博物館前と言いつつ風土記の丘入口でそこから緑の中を歩く。
大阪府立 近つ飛鳥風土記の丘




バスを降りて3分で「iPhoneを冷やし必要があります」の表示。

道は合っている



なるほど、エリア全体が遺跡博物館。

「ゆるやかな遊歩道で約300m」とあるがバス酔いと暑さで頭が朦朧として見えてなかった。

緑が本当にきれい。


山が見える⛰️

ウグイスとメジロ

Googleマップではこの塔の前で「到着しました」と出るが…


その先の道は通行止め

そんなこと言われてもここしか道はないので進むと道に落ちた柿の実?

緑の隙間から建物の屋根っぽいのが見えてあそこっぽい

大自然の風景

「近つ飛鳥風土記の丘」の看板
近つ飛鳥博物館を含むこのあたり一帯には、1.5km四方の範囲に約250基もの古墳が存在しています。

野に咲くピンクの花🌸

「この道でいいのか?」と思っていると、私の後で屋根っぽいのを撮っていたおばさんが柵を越えて道のない草むらを降りていくのが見えたので「ここが近道?」と自分も降りる

柿かミカン属の実🍊

草が生い茂ってるが一応階段っぽい(何かの実がゴロゴロ落ちてる)


いやいやこの先道がない。
おばさん消えたしどこ行った?

スズメバチより少し小さい蜂🐝?

この溝の先に降りれそうな場所があるっぽい


シオカラトンボ

糸を辿って上る虫



結局行き止まりで道がないのでさっき歩いて来た道まで上る

通行止めを越えて「近つ飛鳥風土記の丘」の看板の先の少し行って曲がると爺さんがタバコを吸っていてその先に入口らしきものが見えようやく到着。
大阪府立近つ飛鳥博物館


ミャクミャクと埴輪

喫茶コーナー

古墳パフェとか気になるが講演会「古代人の食生活とパラサイト考古学」金原正明 氏(奈良教育大学ESD・SDGsセンター研究部員)まで1時間を切っていて講演終了後は用事があるのですぐにバスに乗って帰るので入館。

入館後の写真とメモ用写真🤳

近つ飛鳥への招待


聖徳太子墓



地皆の展示室の中央には前方後円墳






古代国家の源流


水鳥形埴輪 藤井寺市 城山古墳




仁徳陵古墳の築造時の姿を、周辺の陪冢群とともに150分の1の大きさで再現。



古代人、食べる-食と考古学-

日本における古代の人びとの食生活を記録した最初の文献は『魏志倭人伝』と考えられますが、私たちの祖先がどのようなものを、いかにして食べていたかということについては、まだまだ明らかになっていません。
遺跡からは石器や土器、木製品などの道具類が出土し、食物の廃棄部など捨てられた場所には花粉や寄生虫卵が含まれていることがあり、古代人の食を考える上で有力な手掛かりとなる。
狩猟や漁撈(ぎょろう)、採集
シカやイノシシ、ノウサギ、タヌキなどの骨の出土
釣針、錘、銛などの刺突具、タコ壺などが遺跡から出土
イネの栽培のための鋤、鍬、鎌、穂摘み具などの道具
食べるための調理方法
奈良時代の木簡には干し肉・干し魚・塩漬け・酢漬けなどの加工方法や、塩・酢などの調味料
「蒸す」という調理法
古代の甘味料 甘葛(あまずら)※甘葛とは、1年のうち最も寒い年末年始から2月頃のツタの掛液をあつめて作る甘味料
人が生きるために「たべる」ことが重要だが、そのれとセットになっているのが、「だす」という行為。

太子町鹿谷寺石塔復原模型
しかし、あのおばさんは何だったんだ?その後消えたし博物館にもいなかったし。
古代人の食生活とパラサイト考古学

関心のある「食」をテーマにしたお話が聴けると来てみたら、映し出された演題のサブタイトルに「ー科学分析からさぐるトイレー」とあり、便所跡や寄生虫の鞭虫卵などの話が中心でした(そこから古代人は何を食べていたかがわかる)
科学分析から探るトイレ
まあ、パラサイトとある時点でそれなりに想像はできましたが、便所の話があんなにあるとは思いませんでした。
「パラサイト(Parasite)」=「寄生生物(寄生虫)」

垂れ流し、回虫卵、肝吸虫卵
昔は(昭和の戦前でも)用を足した後に手を洗わなかった
戦後のアメリカGHQの施策で日本人のお腹の中の寄生虫はいなくなったそうです。
弥生人はけっこうお腹を壊していた。アワ、キビ、コメ、マメなどを食べて。
イヌ〜、ヘビ〜と名前のつく植物が食べれない。
ヘビイチゴがそうですね。
当時の人は何を食べていたのか?
糞便の分析をすることで、寄生虫からわかる。
私が印象に残った話はこんなところです。

帰りもこの灼熱と緑の中を歩いて10分ほどでバス停に着き15分も暑い中並んで、バスに20分乗って喜志駅へ。
そうそう、大阪府立近つ飛鳥博物館も大阪府立狭山池博物館と同様に安藤忠雄の設計
大阪から池袋絵意知です!龍神社と安藤忠雄設計の「大阪府立狭山池博物館」
「黄泉の塔」がそびえる階段状の建物というのが、私が来る途中に森の隙間から見えた屋根らしきものなのでしょう。
この裏に行けば見れたのかな?

博物館は南河内郡だけど喜志駅は富田林市。富田林市と言えば大阪芸術大学。
PLの塔も富田林市だけど見えなかったな。







